住まいづくりへのアプローチ
2019.02.23 土曜日
~ ガリバーの目とこびとの目 ~
納得工房主催講演「すまい塾 第116回講座」要約「すまい塾タイムス」vol.64 より転載
■ 最初に自分と、家族と向き合う
住まいづくりに際して、皆さんは何から考えられるでしょうか。
これまでの経験から申しますと、ほとんどの方が「部屋は4LDKがいいわ」とか「キッチンはオープン型で、食器洗い機がほしい」などと具体的な事柄をあげられます。
それも確かに大切な要素ですが、もっとその前に考えて頂きたいことがあります。
「これからどのように生き、どのような暮らしをしていきたいか」という夢の部分です。
ここにいらっしゃる皆さんにはそれぞれ個性があります。現在に至るまでの人生もお一人ずつ異なります。ですから、今までどのような思いで暮らしてきたかという背景に基づいてこれからの生き方・住まい方を考え、夢を膨らませるというステップをきちんと踏んで頂きたいのです。
住まいづくりやリフォームは、子どもの入学や就職と同じように「人生の節目」の大切な時期です。
自分や家族の生き方、これからどう暮らしていきたいかということを考える、良い機会でもあるのです。 でも自分がどう暮らしたいのかを考えましょうと言われても、具体的にどうすれば良いかわからないかもしれませんね。
そこで有効なのが「イメージのスナップ」です。
■暮らしたいイメージをスナップする
「イメージのスナップ」は、お友達をたくさん招いてテラスでバーベキューをしながら会話を楽しみたいなとか、音楽が好きな方ならオーディオルームで誰にも気兼ねなく存分に楽しみたいなど、自分のしたい生活の場面を思い描くということです。それが雑誌に載っていたら切り抜いておいたり、どこかに行った時にその空間が気に入ったら写真を撮ったりして、イメージをどんどんためておくのです。
住み手が思い描いた夢をどのように受け止め表現していくかは、建築家によって異なります。
私の場合は、まず思い描いて頂いたものは良いものも悪いものもいったん全部受け止めます。
そして住み手の言葉にならない言葉、潜在的にその方がもっている要求、、、たとえばご自宅に伺った時に感じる空気の流れやその方の表情、話の端々に出てくる言葉などを拠り所に、私の中でどんどんイメージを膨らませていくのです。 いったんイメージを膨らませてから、コンセプトを明確にしていきます。
住まいづくりという木の、幹の部分です。
■住まいづくり、3つの視点
これは家の個性とも言えるのですが、私の場合は大きく3つの視点に分けて考えています。
1つ目は、住まい手自身の夢の部分からイメージする、つまり住む人の個性です。
2つ目は、その建物が建つ地域の環境や自然、歴史などから得られる住まいの個性です。
最後が一番難しいのですが、その住まいが時代を映し、未来を映す鏡になるということです。
これは建築家が考えることでなのですが、その家は人を得てその場所に誕生しますが、それは50年前でも50年後でもなくて、その時なのです。その時に作っていく価値があり、その時代に生まれる意味を含ませていかなければなりません。
この3つのことを踏まえながら、住まいの幹に当たるコンセプトを練り上げていきます。それから初めて具体的なプランニングを考えていくのです。
大きな木の夢を膨らませ、いったん幹にして、それからまた枝葉をたくさん付けていくというプロセスです。
■ 物語をつくるように
プランニングを具体的に考えていく時は、いろいろな角度からバランス良く考えるようにします。やりたいことはたくさんあるのですが、予算の枠や面積、法律や構造などいろんな縛りがあるからです。
私の場合は、いつも舞台や物語を作るような気持ちで作っています。
小説などは幾つかの章で成り立っていて、その中にも起承転結がありますね。住まいも舞台を作ったり小説を作ったりするのと、全く同じなのです。その空間のストーリーをいかに盛り込んでいけるか、どんな物語が描けるかが大切です。
また、住宅を建てる場合は場所が決まっていますので、その土地が持っている個性、周りがどういう街並みであるかということを考えます。
たとえば京都の町家が建ち並ぶようなところには、その時代の背景などがあります。
それらのものも全部受け止めて、私の中で膨らませていきます。予算は3500万円で4LDKなどといった具体的なことから始めると物語が生まれにくく、それ以上の深さのものにはなりにくいものです。
■ 共通言語できちんと伝える
そして住まいづくりで気をつけて頂きたいのは、住まい手が実際にプランニングして家を建てられるわけではありませんので、木の幹に当たる部分の思いを建築家や住宅メーカーにきちんと伝えなければならないということです。その時に、きちんと相手に伝わっているかどうか確認しながら進めていくことが大切です。
たとえば部屋が狭い広い、明るい暗い、天井が高い低いなどと感じる基準は人それぞれ違います。
私達の感じ方というのは、一番身近な自分の家や部屋を基準にした比較なのです。1mの幅の廊下があるとすれば、75cm幅の廊下に住んでおられる方は1mは広いと感じますが、120cmの幅に慣れている方は狭いと感じます。
人によって捉え方が違うこういった感覚的な事柄については、住まい手とつくり手にとって、1つの言葉が同じ感覚や意味をもつようにすることが大切になります。
これは難しく言うと「共通言語を持つ」ということ、平たく言えば「使うモノサシを同じにする」ということです。
少なくとも打ち合わせの初期の段階で、自分が言ってることと相手が言ってることが一致しているかどうか擦り合わせておけば、出来上がった時に「こんなはずじゃなかった」ということが少なくなると思います。
■ ガリバーの目を持とう
今日のサブタイトルに「ガリバーの目とこびとの目」と付けていますが、”ガリバーの目”は外側から物を見る目、”こびとの目”は内側から物を見る目という意味です。
さきほど、住まいづくりでは「どう生きて、どう暮らしていきたいか」という思いを膨らませてくださいというお話をしました。そのイメージを膨らませる時に、この2つの視点を持って頂きたいのです。
内側からの目というのは快適なわが家をつくるための視点ですので必ず誰でも考えるところですが、外側からの街並みを考える目というのはなおざりにされてしまいがちです。
たとえば「お金をいくら出した自分の家」という感覚は国民性もあるかもしれませんが、日本の場合とても強いのです。確かに自分の財産ではあるのですが、住まいがその街に建つということは社会の財産にもなるということです。
わが家もその魅力のある街づくりに大きく関わっているという視点が「ガリバーの目」です。
■ 魅力ある街並みにはルールがある
では、「ガリバーの目」になって、街並みを見てみましょう。
東灘区岡本の街並み
まずは成熟した街並みである、神戸は東灘区の岡本です。
ここは神戸の中でも誰もが一度は住んでみたい街になっています。敷地が広いですね。これだけの敷地があると、通りからは建物は見えません。建物ではなく、塀と石垣、緑などがずっと連続している風景が街並みとなり、魅力となっています。これは高級住宅街に共通した特徴です。
奈良町の街並み
次に歴史的・伝統的な街並みを見ますと、少なからず何らかのルールが存在していることに気づきます。
この奈良町の場合は、平入りといって、道から入っていく玄関の方向に対して屋根が流れています。下屋根と上屋根が平行で、これを水平ラインの強調と言うのですが、横ラインを強く出した形であったり、格子を使っていたり、というルールが見て取れます。
六甲アイランドの街並み
新しく作られた街並みでは六甲アイランドがあります。これは積水ハウスさんによる10数年前のプロジェクトですが、今は年月が経っているので木々がもっと育って、緑が繋がってネットワークを築いている形になっています。
先ほどの2例、伝統的な街並みと成熟した街並みは歴史が作ったものです。「こうしましょう」というルールがあって作ったのではなく、出来上がる過程で何らかのルールが後から生まれてきたような街です。しかし、この六甲アイランドのように、1〜2年の一定期間で建物を建ててしまう場合は、そこに自然発生的にルールが生まれる時間がありませんので、街を作る前に予めルールを設けています。この地域を歩いてみると、生け垣などはありますが、建物を囲う塀がありません。緑を街に対して、道に対して、通りの人に対して共有しましょうというルールがここにはあります。そして、間の道はただのアスファルトだとちょっと味気ないので、舗装して綺麗にしたり、幾つかのパターンを作って変化をつけたり、色や素材を統一した道の演出が街の魅力になっています。
■ 「北大路まちなか住宅コラボレーション02」の場合
今、私が関わっているプロジェクト「北大路まちなか住宅コラボレーション02」について少しお話しましょう。これは京都のあるデベロッパーによる建売住宅のプロジェクトで、30年後も生き生きとした良質な街並みをコンセプトに、総勢8名の建築家が指名されて去年の7月からスタートしています。
京都に詳しい方はご存じかもしれませんが、この附近は地下鉄北大路駅の駅から歩いて5分以内にある敷地です。すぐ隣が大谷大学で鴨川も近く、京都の人ならこのエリアに住みたいと憧れる場所のようです。 そこで、街並み形成に関わる部分については、何らかのルールを作ろうということになりました。
たとえば京都という街は黒に近いグレーが色の基本だということで、どの家もグレーを基調とすることにしました。そしてカーポート、植木、ポスト、街灯、道路の仕上げなどが決められました。
街に対する敷地の役割として緑が1つのキーワードでしたから、緑のネットワークほど強くはないですが、2軒に1本は中木を植えようというルールも生まれています。
北大路まちなか住宅コラボレーション02会議風景
■ 「SOHOのある家」
これは私が出した設計プランの模型です。「SOHOのある家」というテーマをつけました。
皆さんには、住まいを考える時、これからどう生きてどう暮らしていくかということを主軸に考え、始めてくださいとお願いしましたが、この場合は建売住宅です。
建売住宅という課題に対して8人の建築家が出した答は大きく2つに分類されます。
その1つは建売住宅で相手が見えないのだから、最大公約数の答、人を選ばず誰もが住みやすいというラインで考えていくという切り口。今まで行われてきた建売住宅はもちろんその切り口ですが、その同じ路線の延長上で「人を選ばないけれども、さらに良いものはないか」というアプローチです。
もう1つのアプローチは、住まい手を選ぶ、つまり「こういう人に住んで欲しい」という設定を持つということです。
私はこのアプローチで「現代の家族の形、SOHOのある家」というコンセプトにしました。
現代は子どものいない2人暮らしであったり、1人で仕事をバリバリしているキャリアウーマンであったり、二世帯住宅であったり、結婚しないで両親と一緒に住んでいるパターンなど、様々な家族の形があります。それだけ家族の形が変わってきているのに、住まいの形がそれに追いついていないという意識があったからです。
ここの1階部分は全部土足という想定にしています。
普通は入ってくるとまず玄関がありますが、私は”DEN”という空間をしつらえました。穴倉部屋とか小ぢんまりした私室という意味ですが、4畳半のスペースをいかようにも使えるようにしたかったのです。これは地域との繋がり、コミュニティを生む仕掛けです。SOHOで使う時は打ち合わせのスペースに使えます。 この家は夫婦2人暮らしで、家で仕事をしている家族という想定ですが、たとえばSOHOの部分に高齢者の方が住んでミニキッチンでも置くと、ご近所の友達が土間を通って直接入ってきて茶飲み話ができるという展開もできます。1階全体は住む人によって様々な使い方ができる可変的な空間です。
「SOHOのある家」平面図
■ 一軒一軒の住まいが街を育てる
家族一人ひとりの個性が、その住まいの個性を作り、一つひとつの住まいの個性が集まって、街の個性を作っていきます。私は街はオーケストラのようなものだと考えています。それぞれの個性を奏でながらも、全体としてハーモニーを奏でられる、そういう街を作っていきたいと思います。
これは作り手が作るのはもちろんですが、住まい手が作っていくものでもあると思います。
住まいはただそこに置かれた物体としての箱ではなく、まず「こういう風な生き方をしたい」「このような住まい方をしたい」というところから始まって、いろんなものが膨らんでいきます。
作り手側と住まい手側、あるいはそれを作る施工者の三者がコミュニケーションして、コラボレーションしていく過程すべてが住まいづくりです。
私は住まいは建物全部が生き物だと思っていますし、街も生き物だと思っています。
物を作っていく段階で、子どもを育てるような気持ちを込めて、自分の中で膨らませて誕生させています。そして、それを住まい手である皆様方に魅力的に育てて頂きたいのです。
住まいを育て、街を育てる、それが大切なことだと考えています。
北大路まちなか住宅コラボレーション02完成街並み