建築と子どもたち

2019.08.12 月曜日

プロローグ

電話のベルが鳴った。

「今、子どもたちへの建築授業を考えているんだけれど、一緒にやってもらえませんか?」
建築仲間Yさんからの電話だった。

「前からやりたかったので良いですよ」
普段なら少し考えてから返事をするのだけれど、即答したのには理由があった。

 

縁あってパートナーの長年の夢だった六甲山に山荘を持つことになる。

六甲山の南斜面に建つ建物は、古いけれど眺望が良く自然豊かな場所。
三越百貨店の保養所だったこともあり広さがあり、個人として使うだけではもったいない。

 

「色々な人が集い自由に語らう場所、何かを生み出していける場所に出来ないかな?」
神戸の山・街・海を一望できる景色を見たとき、最初に思ったことだった。

 

いつもの妄想癖が顔を出し、色々と思い巡らす。

そこで浮かんだ構想、
「自然豊かな場所を使って、子どもたちと空間づくりやものづくりを一緒にできないかな…?」

 

幸い近くには六甲山小学校がある。

神戸市立六甲山小学校は、児童の心身の健康増進を図り、豊かな人間性を培うことを目的として、自然環境に恵まれ特色ある教育を推進している「小規模特認校」

「自ら考え共に輝く」ことを目標に掲げ、授業には、自然学習など他校には無い特徴のあるプログラムがある。

 

 

「六甲山学校と連携して、先生たちも交えて自由に発想して空間をつくる合宿は出来ないかな?」

「子どもたちと一緒になって、空間や建築を通じて考えることをライフワークにしたいな。」

 

そんなことを考え、色々調べるうちに1993年に設立されたNPO「建築と子どもたちネットワーク仙台」の活動を知り、ホームページで紹介されていた図書「ARCHITECTURE AND CHILDREN」が目にとまる。

 

早速取り寄せた「ARCHITECTURE AND CHILDREN」は、18枚のポスターがカレンダー状に綴られ、めくると、そこには子どもたちが身体を使って感じ考えるプログラムが宝箱のようにちりばめられていた。

 

 

これは、当時ニューメキシコ大学建築学教授アン・テーラー女史が書かれたものの日本語訳だった。

アン・テーラー女史は建築学と教育学の境界領域を研究され、人工環境を学校教育と学校の教科と子どもたちの能力発達のツールとして役立てる方法の開発と実践に取り組まれていた。

 

日本語訳をされたのは、このプログラムを日本に紹介された当時建築と子どもたちネットワークジャパン代表幹事、共立大学教授の故稲葉武司さん

アン・テーラー女史が書かれた「ARCHITECTURE AND CHILDREN」を使って1990年に横浜の小学校で実践授業をされ、日本にも普及させたいと活動を続けられた人だった。

 

「アメリカでは子どもたちにこんな授業が行われている!! 」

驚きと感動と共に、自分が子どもの頃学びたかった、と感じたのでした。

 

詰め込み型の教育では無く、子どもたち自ら感じ、考え、答えを見つけ出し、創り出していく。
話し合い、共に考え、共に創る。
デザインを通して、本当の意味での「創造性」「知の基礎力」を養うことになるのでは…

 

私に出来ることは何だろう。
一人では出来なくても、連携すれば出来ることはあるはず。
そんな想いで、六甲山小学校の校長先生宛てに具体的ではない構想の手紙を送った。

 

数ヶ月して電話がある。

「転勤で六甲山小学校の校長を退任したので、手紙を受け取るのが遅くなりました。私が校長だったら、是非検討したかったのですが…」とのお返事。

紹介も無い、具体的な構想もない。
力不足を感じて新校長へのチャレンジも出来ないまま、5年の月日が流れた。

 

 

そこにYさんからの電話。

「子どもへの建築授業」の構想を一緒に取り組むことに即答をしたのは、
私自身のこの長い熟成期間があったからなのです。

 

 

「すまいまちづくり育成塾」構想

(公社)日本建築家協会近畿支部兵庫地域会(JIA兵庫地域会)の事業の一環として取り組むことになった子どもたちへの建築出前授業。

「すまいまちづくり育成塾」と名付けられ、30歳代〜50歳代の実行委員会メンバー有志9名が集まり、初めてのミーティングが行われたのは2010 年7月のこと。

 

とはいえ、何から手をつけたら良いのかまだ見えてこない。
先ずはそれぞれが抱く「建築授業」のイメージを出し、話し合うことからスタートする。

 

考えていく一つの道標として、私は「ARCHITECTURE AND CHILDREN」を持参して言った。
「アメリカではこんな授業が行われているのよ。同じようには出来ないけれど、方向性を考える手助けになると思う。」

それぞれの想い・アイディア出しと並行して、小学校教科書の比較検討、小学校の先生へのヒアリング、先行して「建築授業」に取り組まれている事例、国土交通省の「景観まちづくり学習」などの検討が行われた。

 

私たち建築家が出来ることは何なのか、したいことは何なのか。

 

6ヶ月間の話し合いと検討の末見えてきた方向性がある。

 

■詰め込み型ではなく、手と頭を使って、子どもたちが自ら考え答えを発見していくプロセスを重視する。

■友達との話し合いを通じて、他者と協調することを体感し、コミュニケーション力を養う。

■人と人、人と環境などの「つながり」を考え意識するきっかけとする。

■イベントや課外授業では無く、学校の本授業として行う。

■建築家の能力   – デザイン力 + コミュニケーション力 –  を講師として発揮し、自らも学ぶ場とする。

■世代を超えて引き継いでいける事業に育てる。

 

造形として形の美しいものをつくるというのも一つなのですが、私たちはデザインを広義にとらえ、ものを考え、話し合い、発見し、一緒に作り上げていくプロセスに重点を置き、「つながる」をキーワードとしたのです。

 

試行錯誤の結果、つくりあげたプログラムは「T-CUBEによるボクたちワタシたちの村」。
T-CUBEという1.8M角の立方体の空間(原寸大模型)、その1/20の大きさの段ボール模型を使ったワークショップです。

 

まず自分のための空間を考えることから始まり、友達との話し合い・関わりの中で空間を考えること、周りの環境を考える段階を経て、自分と他者、環境とのつながりを考えることに発展していきます。
建築という空間が持つ可能性を発見することも一つの目的。

このワークショップを通じて、未来を担う子どもたちが、創造力を養う多感な時期に、様々な視点で物事を捉えて考えること、そして建築と社会を考えることで、社会に対する自分の振るまいを考え公共心を養うことにつながればと願ってつくったプログラムです。

「T-CUBE」の「T」はプログラムのキーワード「つながる=TUNAGARU」の頭文字からとった、つながるCUBE(空間)です。

 

T-CUBEの原寸大模型は、パイプフレームに布を覆いかぶせ、1カ所は出入り可能に。
*布の考案・縫製は私の手作り、何でもします。

そして、初授業の前には授業シミュレーションとして、メンバーだった故土山達也さんの子どもさんとお友達に集まっていただき、プログラム全体の流れを確認。

少しやんちゃなお子さんたちに、授業は本当に大丈夫か?と不安を抱きながら問題点を洗い出し。

プログラムの軌道修正を行いながら、初授業への準備が進められました。

 

授業で使う段ボールの9㎝角T-CUBE、丘や池のある敷地、木などは事前にメンバーが制作をします。生徒数が多いと準備する量も多く、場所もいるので六甲山荘で制作をすることに。

かつて思い描いた六甲山荘での子どもたちとの空間づくりの合宿。それは実現できなかったけれど、育成塾の準備合宿を六甲山荘で行うことで、形を変えて実現することが出来ました。

 

みんなで考え、語り、共につくる。

 

子どもたちだけでは無く、私たちも同じように刺激を受け合いながら、創り上げていくプロセスが大切なのです。

 

 

関西学院初等部での第1回目建築授業 

記念すべき第1回目授業は、2011年2月関西学院初等部の5年生3クラス90名に建築家16名。
ワークショップは1クラスを5グループにわけ、1グループ5〜6名の生徒に建築家1名が担当する形で行われました。

 

学校に足を踏み入れると、中庭型の気持ちよい校舎の恵まれた環境、廊下を行き交う生徒たち全員が、出会う人みんなにそれぞれ立ち止まって挨拶をしてくれる。

「おはようございます」「おはようございます」「おはようございます」

とても礼儀正しい態度に、普段の学校の取り組みや教育姿勢が感じられ、嬉しいけれど少しくすぐったくもある。

 

本授業の前に開催したプレ授業では、教室に原寸大模型の1.8M角T-CUBEを設置。

宿題では、実際にT-CUBEに入ってスペースを体感し、家以外にあるT-CUBEを秘密基地のような自分の場所として、そこでどんなことをしたいか、どんな感じにしたいか、何か一つに絞って考え描いてききてもらう。

 

 

5日後の本授業。

はじめに行ったスライド授業では、Google earthなどの画像を使って、日本、スペインやアメリカなど世界の街並を紹介しながら、プログラムのキーワード「つながる」と関連を持たせ建物の窓や入り口の位置や人の視線の関係やつながりなどの事例を紹介。

 

 

続くワークショップは、1グループ5〜6名生徒に建築家1名が担当をして行われた。

 

各自宿題で考えてきた自分のT-CUBE。

ワーク1では自分のT-CUBEだけでなく友達と2人組で2人で使う共有スペースのT-CUBEも追加。
自分のスペース、友達のスペース、共有のスペース、3つのT-CUBEを使ってどのように使うか話し合い、組み合わせも考えていく。

 

ワーク2では敷地が登場。
グループ全員でそれぞれ考えたT-CUBEと敷地を使って人と環境のつながりも考え、9つのT-CUBEの立体構成をしながら話し合い一つの村をつくっていく。

1人→2人→5〜6人と人数が増える段階を経て、話し合い、共に考え、コミュニケーションをしながら共に作るプロセスを体感してもらった。

 

最後にグループでの発表、グループで決めた村長さんにそれぞれの村の名前、一緒にする楽しいこと、こだわりやなどを発表してもらった。

*完成した村の模型を学校に置いて帰ると、もっと考えたいと子どもたちはその後も作り続けてくれました。
詳細は、JIA兵庫地域会HPをご参照ください。


↑ 発表後に子どもたちが完成させた模型

 

 

あっという間に過ぎた90分。

建築授業のあと集まった講師控え室は、まだ続くハイテンションな空気で、2月の寒さはどこへやら、熱気で窓ガラスが白くなる。

「何だか学園祭の後みたい」そんな声が聞こえた。

 

建築家自身、無我夢中で取り組んだ最初の一歩だった。

 

 

建築授業から見えてきたもの 

回を重ねる中で、プログラムも少しずつ改変。

第1回目では原寸大模型のT-CUBE設置と15分の宿題説明だったプレ授業は、今はスライド授業を含めた1コマ45分。スライド授業は都度開催校に合わせて内容を更新している。

本授業は2コマ90分から、ケースバイケースだけれど、3コマ135分など学校側との相談で授業時間を長く取れるようになってきている。

 

建築出前授業「すまいまちづくり育成塾」に取り組み始めてもうすぐ10年。
2019年現在で16回延1119人に向け開催、今私たちは年2回ペースで、種を蒔くように地道に活動を続けている。

 

 

建築授業開催以外にも思い出に残る出来事もあった。

 

2011年、UIA東京大会に参加来日された「ARCHITECTURE AND CHILDREN」の著者アン・テーラー女史をお招きし、意見交換と交流を深めるシンポジウムが開催された(JIA京都地域会主催)

大阪、京都、兵庫のJIA地域会での活動事例をそれぞれが発表、アン・テーラー女史の講演の後、活動への講評とサジェッションを頂いた。

7〜8年前から「建築と子供たち」として活動をしていたJIA京都地域会に比べ、私たちは活動を始めたばかりで事例はまだ1例だけだったけれど、興味をもって報告をお聞き頂いた。

 

2013年度には「平成25年度神戸市パートナーシップ活動助成」を受け授業3回を開催、「T-CUBEによるボクたちワタシたちの村」のパンフレットも作成することが出来る。

活動が評価され、助成申請した団体の中トップで助成金を受けることが出来たけれど、実は2011年の活動前にも助成申請、実績が無く「絵に描いた餅」の苦い評価であえなく完敗、そのリベンジで認めて頂き助成頂いた経過がある。

 

活動報告のパネル展示やJIA建築大会での報告と意見交換なども行ってきた活動のひとつだ。

 

 

課題もある。

16回の開催で、学校からリクエストがあり開催をしたのは2回、それ以外はこちらから建築授業開催をお願いしている、いわゆる「持ち込み企画」。
ご紹介をしていただいた学校に建築出前授業の説明と開催のお願いにお伺いするものの、興味を持ってもらえず、肩を落として帰ることも度々だった。

もっと広がって欲しいとは願うものの、まだ活動が知られていない、どういう価値があるのかが解らない、というのが実情なのだろうか。

建築授業のプレPRとして、違った形を模索する時期に来ているのかもしない。

 

継続して長く続けて行くには、多くの人に関わってもらい、バトンをつないでいくことも大切なことだ。一部の熱心な人だけが頑張っても、魅力あるものとして成長し継続することは出来ない。

新しい風を取り込み時代と共に変化しながらも、単に形式だけが引き継がれるのでは無く、立ち上げ当初の精神が引き継がれるものであって欲しい、と願っている。

 

 

エピローグ

全国各地では、様々な子どもたちへの建築授業が行われている。

それぞれの立ち位置で、考え方で行われている建築授業は、もちろん方向性もさまざまだ。

けれども、未来を担う子どもたちに、建築授業を通じて、自由な発想や創造性にフタをすること無く、持っているその力を伸ばしていって欲しい、その手助けをしたいいう想いが根底にあるのは同じだと思う。

それぞれ培ってきた経験や知恵を情報交換して共有することで、また新しい方向性が見えてくる可能性があるのかもしれない。

 

 

建築出前授業をしていて、何より嬉しいことがある。

もっと時間が欲しいとは毎回思うのだけれど、たとえこの限られた時間であっても、最初は戸惑い不安げな子どもたちが、友達と話をしながら考え、グループで一緒に考えつくりあげるプロセスで、みんなが協力して一つになっていく。

不安げだった目が、本当に開眼するように、ある一瞬にキラキラと「輝く目」になっていく。

それを見ることが出来た時、それまでにかけたエネルギーを倍にしてもらっている気がする。

 

自由な発想と創造性にフタをしないこと。可能性を見いだし続けること。

それは建築家の使命でもあり、子どもたちのこの「輝く目」にそのことを追体験したくて私は続けているのかもしれない。

 

「ARCHITECTURE AND CHILDREN」に出合ってから抱き続けている想いがある。

私が住む神戸市は2008年ユネスコ創造都市ネットワークデザイン都市に認定されている。
そして、「まち」「くらし」「ものづくり」を基本的方針とする「デザイン都市・神戸」を推進している。デザインを育む土壌がここ神戸にはある。

未来を担う子どもたちの「想像力」「知の基礎力」「デザイン力」を育む建築授業を学校授業のプログラムに組み入れ生かすこと、それは未来を育むことにつながる。

 

神戸市は、兵庫県は、全国に先駆けそれを行い、先導していく役割を担えないだろうか。

 

私はそれを夢見ている。

そして、夢見る力はいつか実現させる力になると思っている。

 

2019年8月 矢代恵

 

 

☆…………☆

 

最後に「建築と子どもたち」に関わる活動他の一部をご紹介致します。
リンク先がないところがありますが、ご参考にして頂けると幸いです。

 

すまいまちづくり育成塾 【(公社)日本建築家協会近畿支部兵庫地域会 】

 

建築と子供たちin KYOTO 【 (公社)日本建築家協会近畿支部京都地域会 】

 

■千里みらい夢学園サマースクール 【(公社)日本建築家協会近畿支部大阪建築部会 】
2011年から毎年異なるプログラムで夏休みに木々のある学校校庭で開催

 

建築と子供たち仙台

 

子ども教育支援建築会議 【(一社)日本建築学会】

 

学校で取り組む景観まちづくり学習 【国土交通省】